2年連続の初戦突破!応援ありがとうございました

応援
スタンド応援風景(大和スタジアム)

新時代令和に新世紀101回目を迎えた全国高校野球選手権神奈川大会が、181チームの参加にて7月7日に開幕いたしました。

我が母校は、7月11日小田原球場で、対神奈川総合産業高校(旧相模台工業高+旧相模原工業技術高)との1回戦を迎えました。初回こそ先制点を逃したものの2回から打線がつながり、12安打を放って6回まで毎回の計12得点。特にキャプテン柏原君は、3ランホームランを含む3安打4打点と、見事にリードオフマンの働きを見せました。投げてはエース北川君が6回を散発4安打、13奪三振の力投で1失点に抑え込み、6回コールドゲーム。「美なりや翠嵐」を高吟することができ、遠路小田原球場まで駆けつけたOB達は、その甲斐があったと祝杯を挙げました。

続く2回戦は7月14日、午前中の天候不良を見越した変更により、2時間遅れの15時半過ぎに大和スタジアムでプレーボール。相変わらず低く立ち込めた雲から時折雨が落ちてくる中、瀬谷西高校に初回1点を先行されながら、その後再三のピンチを凌ぎつつ得点機を伺う我らが健児。しかし相手校のエースを中心とした堅守にことごとくチャンスの芽を摘まれていく一方、5回に2点、6回に5点を失い、万事休す。点灯されたカクテル光線の中、今年の夏は幕を閉じました。

挨拶
試合終了後の挨拶(大和スタジアム)

7名の3年生は高校72回、ここ8年間で最も少人数の学年で、昨秋と今春の県大会地区予選を観戦したOBからは「今年は厳しそうだ」との声もありました。しかし、2年生10名+マネージャー2名に、新1年生17名+マネージャー1名が入部した効果もあってか、限られた練習時間の中で、春からチーム力が格段に向上したようです。

3年生諸君と3年生の保護者の皆様、お疲れ様でした、そしてありがとうございました。今後は厳しい「勉強一途」の日々が始まりますが、きっと皆さんなら乗り越えて行かれることでしょう。来春、新OB会メンバーとしてお迎えするのを楽しみにしつつ、レギュラーから4人残った2年生を中心とした新チームに期待を寄せ、大きな声援を送り続けたいと思います。

末筆になりましたが、ご指導くださった臼井先生・吉水先生、今年も校歌が歌えました。ありがとうございました。

我野球部とOB会が朝日新聞で紹介されました

朝日新聞_20190626101回を迎える全国高校野球選手権大会開幕に先立ち、朝日新聞神奈川版で「101回目の現場から」と題されたコラムで、県下の野球部のさまざまな話題が紹介されていますが、このたび我野球部とOB会が取り上げられました。

これは朝日新聞横浜総局からの依頼により、6月2日のOB会総会後に催された「現役激励会」の時に取材していただいたもので、6月26日付の連載第2回に「卒業生との絆 伝統育む」との見出しで、光陵高校と翠嵐高校の記事が掲載されました。

10回長崎による、3年生に向けた恒例のエール風景をモチーフに、創部85年を迎える野球部の昔話やOB会結成のきっかけ、また現役生との交流などが紹介されています。夏の本番前に大きな励みになりました。

2019年度 OB会総会・現役激励会 開催

OB会総会・現役激励会

令和になり初めてのOB会総会と現役激励会が、6月2日(日)に母校で開催された。総会前にグランドで行われた練習試合対新羽高校戦を観戦・応援の後、翆翔みらい館に集合、開会となった。

総会は、高校10回から43回卒業生までの会員30名が参加、副会長25回芝崎晴男の進行で、ご臨席いただいた篠塚弘康校長先生はじめ、監督臼井浩人先生、顧問の吉水浩太先生、保護者会会長の柏原充宏様からもお言葉を頂戴した。この場をお借りして御礼申し上げます。

この1年間にご逝去されたOB会員への黙祷の後、議事に入り、昨年度今年度の事業と、会計43回山本美登から報告された昨年度決算、今年度の予算も原案通り可決された。今後の展望として、OB会最大の課題「世代間交流」を進めて行くことが発表され、その第一弾としてOB会制作の「選手名鑑」が配布された。現役の顔・背番号・ポジション・出身中学を覚えて応援しようという目的で、保護者会から提供を受けた顔写真と選手コメントをレイアウトしている。また、夏の大会後におこなわれる3年生送別試合の際に、OB参加のゲームなどを企画し、この課題に向かっていこうという思いを共有した。

学校食堂での激励会は副会長38回和気智宏の進行により、会長24回白倉仁の挨拶でスタート、13回後藤忠良の音頭で乾杯。食事をいただいた後、5年前発刊された「野球部80年記念誌」の編集主幹を務めた元副会長16回城戸享と、30年前に東京大学野球部の主将だった37回町永智丈から、現役諸君に激励の言葉が送られた。

今年は女子マネージャー1名を含む1年生18名が入部、一気に倍増した総勢37名の現役部員の自己紹介に続き、臼井監督は、「スタンドで校歌を歌っていただくことでしか、OBの皆さんへの恩返しはできない」と感謝の思いを語られた。最後に3年生7名一人ひとりに、毎年恒例となっている、10回長崎隆則から記念の色紙とエールが贈られ、「〽美なりや翠嵐・・・」と校歌斉唱、全員夏の大会への思いを胸に幕を閉じた。

新たな世紀を迎える101回大会は、今週の土曜日(6/8)に組合せ抽選、7月7日(日)の開幕まではや1ヵ月となった。

翠嵐野球部OB会

横浜翠嵐高校野球部のOBも600名を超える数となった。OB会の名簿では昭和10年卒業生(中学17回)より記録があり、昭和9年の第20回の全国高校野球選手権大会神奈川大会より、神二中での出場試合結果が記されている。

戦後の昭和27年第34回大会では初のベスト16になり、昭和36年の第43回大会では初のベスト8になった。その年は、高校14回の熊木正毅主将を中心に、高校15回の田中則夫投手、石井淳一捕手のバッテリーの活躍で横浜高校を2対0と倒しベスト8に進出し、次の武相高校と3対3の息詰まる熱戦を展開し延長12回にサヨナラ負けを喫しベスト4進出を逃した。当時の監督には高校11回の小川泰祐氏が采配された。

その後、昭和53年の第60回に大会ベスト16へ進出。愛甲猛擁する無敗の横浜高校(渡邊元就監督)が全国制覇した昭和55年春の市長杯では、県立高校である本校が2対1で勝利した。くじ運次第では上位進出もと思われていたその年の甲子園の夏の大会の予選、香椎瑞穂監督率いる日大藤沢に緒戦で惜敗したものの、「翠嵐、日藤に肉薄」「泣くな翠嵐」と各メディアは大きく報道した。

平成2年の第72回大会にベスト16へ、そして平成4年の第74回で2度目のベスト8に進出した。また、平成8年の第78回大会、平成9年の第79回大会と連続してベスト16に進出し、翠嵐のベスト16は近年野球部の夏の大会の目標となっている。

選手の父母会も非常に活発で、帽子やタオル、ウチワ等の応援グッズを工夫され、夏の応援席では生徒と共に激烈な応援がなされている。一方、夏のスタンドの名物であった応援部がかなり長い間結成されず今一つ寂しい思いが続いていたが、校歌祭に出演している応援部の指導で、久方ぶりに応援団が結成され、スタンドではひときわ声援が盛り上がり、野球部の選手諸君も励みになっている。

野球部OB会は20年程前に結成され、初代会長に中学17回の北陽平氏、高校2回の井上清栄氏、高校3回の宇佐美昭八氏、高校4回の菅沼正直氏、そして高校16回の杉浦武胤氏に引き継がれて現在に至っている。OB会は毎年6月の第一日曜日に総会を行い、生徒諸君への激励と共に毎年50万円以上の用具等の支援を行い、野球部の活動に支障のないよう応援を続けている。

また、平成21年より希望が丘、翠嵐、緑ヶ丘、平沼、立野の県立五校によるOB対抗戦(ツースリークラブ)が開催され、他校OBとの親睦も深めている。概ね50歳以上のOBが年一回秋にトーナメント戦を行っている。『翠嵐』の文字が入った現役時代とそっくりなユニフォームも新調し、優勝を目指している。

OB会の更なる発展の為にも仲間を誘い、いろいろな行事に参加していただきたい。