2019年 OB会新年会開催

2019年 OB会新年会

新春恒例の野球部OB会新年会が、1月20日(日)、「北海道」横浜天理ビル店で開催された。当日は、高校5回から高校43回卒業までの38名が参集し、賀詞交換をおこなった。

会長24回白倉の年頭挨拶に続き、今回初めてお声がけした、現役キャプテンの父君で、野球部父母会会長柏原様から、日頃のOB会によるサポートについての御礼などご挨拶を頂戴した。そして、高校5回石川均による乾杯の発声で開宴。

「あの時、お前に一発出てれば」「いや、サイン見落としたのは誰だっけ?」などと、50年以上も前の試合の経過で盛り上がったり、かつての学生監督を教え子が車座になって囲んで酌み交わすなど、年に一度の風景が繰り広げられた。

前任杉浦会長時から5年にわたり副会長職を務めた29回小嶋がこのたび退任となり、OB会からの記念品の贈呈がおこなわれ、喝采を浴びた。本当にご苦労様でした。

最後に副会長23回芝崎の音頭により、母校野球部・翠嵐高校の躍進、そしてOB諸兄姉のご健康を祈念して三本締めでお開きとなり、三々五々、平成最後となる新春の街へ繰り出して行った。

*なお、新年度野球部OB会総会は6月2日(日)に母校で開催する予定です。あらためてご案内をいたしますので是非ご参加ください。

二川2度目の戴冠!第20回親睦ゴルフ大会を開催

 記念すべき20回目として、2018年秋の大会が「千葉夷隅ゴルフクラブ」西~東コースで、11月8日に開催された。変わりやすい秋の空がちょうど機嫌を直したような好天の元、5回から38回卒業の19名が集結、相変わらず手強い名コースに挑んだ。

結果は、昨年の秋の大会でも優勝した16回二川が、「秋のダブルぺリア王」よろしく、2度目の戴冠となった。集計が完了してみると、トップ争いは熾烈を極めていて、準優勝10回長崎は0.2ストローク差、3位17回長倉もトップから1ストローク差であった。

ベスグロは、前半の西コースを終えて16回大谷光一がトップに立ち「あわや」と思わせたが、後半東コースを1オーバーでまとめた32回横越が、トータル7オーバーで4大会連続の獲得。「もはや殿堂入りで今後は対象外」との声も飛んだ。

パーティに先立ち、今年6月74歳で急逝された14回土志田克大兄の冥福を祈り、同期杉山の発声により一同で黙祷を捧げた。土志田大兄は、総会はもちろん、野球大会・ゴルフ大会などOB会のイベントには常に出席され、すこぶるお元気な方であった。大切な会員を失った思いを誰もが抱いていることだろう。

出場選手は以下の通り。5回:石川/10回:長崎/14回:杉山/16回:城戸・二川・大谷(光)・槻尾/17回:五十嵐・神谷・長倉/24回:白倉/25回:芝崎/27回:大谷(利)/30回:藤枝/31回:鎗田/32回:横越/38回:和気・吉田/ゲスト:岩田

次回、平成最後の春の大会も千葉夷隅ゴルフクラブで4月11日(木)に開催することが決定。出場のご希望などは、野球部ページトップの「野球部OB会へのご連絡・お問合せはこちら」からお願いします。

 

あと一歩で初優勝を逃す!ツースリークラブOB野球対抗戦

翠嵐・希望ヶ丘・緑ヶ丘・平沼・立野の5校、旧横浜ナンバースクールの野球部OB会は、「ツースリークラブ」と称し交流を図っている。その秋のイベント「野球対抗戦」は、昨年2週連続の台風接近で中止、2年振りに横浜平沼高校グラウンドで開催された。

 秋晴れの10月28日、くじ引きにより準決勝からスタートの我選手団は、開催校であり、前回優勝の宿敵横浜平沼高校との対戦。初回から1死2・3塁、2回は無死満塁で無得点と切歯扼腕の攻撃。一方、ディフェンスは、2回にはショート相澤(33回)~セカンド和気(38回)の見事な併殺、3回には最若手松田(59回)がセンター前の打球を勇躍ファーストへレーザービーム、センターゴロ補殺を記録、どちらもベンチから喝采が送られた。3回表、ついに山本(43回)と高橋(33回)の鮮やかな連打で待望の先取点。その間、投手陣は高畠(46回)~相澤のリレーで、3回まで平沼を打者9人ノーヒットに抑える快投、追加点が待たれる展開となった。4回表にも逸機があったその裏、突然平沼打線が相澤に襲いかかり、ついに1対2と逆転を許す。最後の攻撃5回表。高畠と高橋が出塁するも2者が三振を喫し2アウト、万事休したかというその瞬間、5番篠田寛(38回)が初球のストレートにバットを一閃、打球は見事なラインドライブを描いて中堅手の遥か頭上を越え、2走者が相次ぎホームイン。乾坤一擲の逆転三塁打となった。直後に相手の失策で1点を追加、4対2から5回裏はクローザー山本が2三振とセカンドゴロで完璧に締めくくり、翠平戦は我軍が凱歌をあげた。

 決勝戦は横浜緑ヶ丘高校。平沼戦に続いて先攻の1回表、先頭打者松田はラッキーな振り逃げから盗塁、3番高橋のこの日2本目のタイムリーで幸先よく先制する。3回は高橋・篠田寛と寛の兄篠田聡(35回)の3安打を集め2点目。その裏四死球で1点を返されるも2対1でリードのまま最終5回裏緑ヶ丘は下位打線からの攻撃。先頭打者のボテボテゴロに、まさかのこの日初めての失策、そして2死球で無死満塁と絶体絶命のピンチを迎えてしまったが、2番3番を連続してファーストゴロで本塁封殺、2アウト。いよいよ初優勝まであと一人。ベンチも固唾を飲んだその時、低めへの高速スライダーがショートバウンドしてキャッチャーミットを弾き、ついに同点。そして…(スコアブックも記す余裕もなく)何球目か、緑ヶ丘4番バッターの詰まった打球がレフト前にポトリと落ちた。2対3、決勝戦サヨナラ負けの顛末でした。

 残念ながら、また夢は来年に持ち越されたが、今年の選手団、特に4投手とディフェンスは間違いなく5校ナンバーワン。惜しむらくは、2試合で残塁20を数えた決定打不足か。しかし2試合ともスリリングでドラマチックな展開、また実に清々しい戦いぶりで感動的ですらあった。

井川主将(32回)、そして皆様お疲れ様でした。練習のためグラウンドを使わせていただいた、母校と母校野球部にここで御礼を申し上げます。

記事中で紹介できなかった出場選手:西川(29回)・横越(32回)・佐久間(33回)・北山泰宏(34回)・山口(36回)  控え選手と応援団:石川(5回)・小林(7回)・後藤(13回)・杉浦/二川(16回)・佐々木(20回)・那谷屋(28回)・白倉(24回)

翠嵐野球部OB会

横浜翠嵐高校野球部のOBも600名を超える数となった。OB会の名簿では昭和10年卒業生(中学17回)より記録があり、昭和9年の第20回の全国高校野球選手権大会神奈川大会より、神二中での出場試合結果が記されている。

戦後の昭和27年第34回大会では初のベスト16になり、昭和36年の第43回大会では初のベスト8になった。その年は、高校14回の熊木正毅主将を中心に、高校15回の田中則夫投手、石井淳一捕手のバッテリーの活躍で横浜高校を2対0と倒しベスト8に進出し、次の武相高校と3対3の息詰まる熱戦を展開し延長12回にサヨナラ負けを喫しベスト4進出を逃した。当時の監督には高校11回の小川泰祐氏が采配された。

その後、昭和53年の第60回に大会ベスト16へ進出。愛甲猛擁する無敗の横浜高校(渡邊元就監督)が全国制覇した昭和55年春の市長杯では、県立高校である本校が2対1で勝利した。くじ運次第では上位進出もと思われていたその年の甲子園の夏の大会の予選、香椎瑞穂監督率いる日大藤沢に緒戦で惜敗したものの、「翠嵐、日藤に肉薄」「泣くな翠嵐」と各メディアは大きく報道した。

平成2年の第72回大会にベスト16へ、そして平成4年の第74回で2度目のベスト8に進出した。また、平成8年の第78回大会、平成9年の第79回大会と連続してベスト16に進出し、翠嵐のベスト16は近年野球部の夏の大会の目標となっている。

選手の父母会も非常に活発で、帽子やタオル、ウチワ等の応援グッズを工夫され、夏の応援席では生徒と共に激烈な応援がなされている。一方、夏のスタンドの名物であった応援部がかなり長い間結成されず今一つ寂しい思いが続いていたが、校歌祭に出演している応援部の指導で、久方ぶりに応援団が結成され、スタンドではひときわ声援が盛り上がり、野球部の選手諸君も励みになっている。

野球部OB会は20年程前に結成され、初代会長に中学17回の北陽平氏、高校2回の井上清栄氏、高校3回の宇佐美昭八氏、高校4回の菅沼正直氏、そして高校16回の杉浦武胤氏に引き継がれて現在に至っている。OB会は毎年6月の第一日曜日に総会を行い、生徒諸君への激励と共に毎年50万円以上の用具等の支援を行い、野球部の活動に支障のないよう応援を続けている。

また、平成21年より希望が丘、翠嵐、緑ヶ丘、平沼、立野の県立五校によるOB対抗戦(ツースリークラブ)が開催され、他校OBとの親睦も深めている。概ね50歳以上のOBが年一回秋にトーナメント戦を行っている。『翠嵐』の文字が入った現役時代とそっくりなユニフォームも新調し、優勝を目指している。

OB会の更なる発展の為にも仲間を誘い、いろいろな行事に参加していただきたい。