2年ぶりの初戦突破!応援ありがとうございました

第100回記念 全国高等学校野球選手権大会は、南北神奈川に分かれ、7月8日に開幕いたしました。
わが母校は97校94チーム(一部合同チーム)の北神奈川大会に参戦、横浜サイエンスフロンティア高校(横浜市立)との1回戦が、7月12日(木)に保土ヶ谷球場でおこなわれました。
前半3回表までに4対0とリードを奪われるという予想外の展開に、「まさか…」との声がスタンドでも聞かれましたが、中盤から立ち直った投手陣に応えるように、5回裏に集中打で逆転、8回コールドゲーム12対5で2年ぶりの校歌高吟となりました。
2回戦は7月14日(土)伊勢原球場にて、横浜ナンバースクール同士としてOB会も交流がある、宿敵希望ヶ丘高校戦。
両校投手陣の力投の中、少ないチャンスを生かした希望ヶ丘に対し、翠嵐はあと1本が出ず、7回終了時で3対0とリードを許します。
そして8回表、ついに打線が爆発、4本の連続長短打で一気に4対3と逆転!2年ぶりの3回戦へあとアウト6個、と盛り上がったのですが…。
8回裏に四球・安打にエラーも絡んで再逆転を喫し、残念ながら8対4で今年の夏は閉幕しました。
しかし、県の「学力向上進学重点校」として部活動週休2日を守りつつ、「文武両道」を貫く選手諸君の健闘は実に称えられるべきで、3年生は来春の「サクラサク」に向け、また1-2年生は新チームでの出発へ、引き続き奮励努力していただけることと思います。
2試合ともに、高校5回から今春卒業の70回まで、少なくとも40~50名のOB・OGが、猛烈な暑さの中スタンドから懸命の応援を送ってくださいました。
特に今年は、野球部以外の先輩方も多くお越しいただいたようです。皆さんありがとうございました。
ブラスバンドや学生服をまとった有志応援団、一般学友の皆さん、また臼井監督をはじめ顧問の先生方、そして選手諸君を常にあたたかく支えてくださった父母会の皆様に、この場をお借りして御礼申し上げます。美なりや翠嵐。

2018年度 OB会総会・現役激励会 開催

毎年恒例、6月第一日曜日に開催されているOB会総会と現役激励会が今年は3日に母校で行われた。総会に先立つ現役とOBの親睦試合は、レジェンドたちが何とかテキサスリーガーヒットで喰らいつくも、現役投手陣の踏ん張りで零封された。今回初めての試みとして、OB13回後藤忠良(現神奈川大学野球連盟 審判部長)と17回五十嵐洋一(元パシフィックリーグ審判部 副部長)の二氏が球審を務め、声高らかに厳正なるジャッジでゲームを引き締めた。

総会は、高校2回から59回卒業生までの会員35名が参加、副会長35回篠田聡の発声で開会、ご臨席いただいた佐藤到校長先生はじめ、監督臼井浩人先生、新任顧問の吉水浩太先生、父母会会長の木村修一様からもお言葉を頂戴した。この場をお借りして御礼申し上げます。

ご逝去されたOB会員への黙祷の後、議事に入り、昨年度今年度の事業と、会計38回篠田寛から報告された昨年度決算、今年度の予算も原案通り可決された。また、三年振りに役員執行部の交代があり、20年余にわたって副会長と会計を務めた篠田聡・寛兄弟に代わり、新副会長38回和気智宏と新会計43回山本美登へのバトンタッチが承認された。篠田兄弟には前会長16回杉浦武胤から慰労の品がプレゼントされた。お二人、本当にご苦労様でした。

学校食堂での激励会は副会長29回小嶋伸之の進行により、会長24回白倉仁の挨拶でスタート、2回石川浩の音頭で乾杯。食事をいただいた後、14回杉山方之が地元のお囃子で鍛えた「篠笛」の妙技を披露。お得意の祭囃子から、なんと難曲翠嵐高校校歌も高らかに奏で、喝采を浴びた。

1-3年生総勢29名の現役部員の自己紹介に続き、臼井監督は、「昨夏の口惜しさを晴らし、とにかく今夏は必ず校歌斉唱!」と控えめに?宣言。最後に3年生11名一人ひとりに、毎年恒例となっている、10回長崎隆則から記念の色紙とエールが贈られ、「〽美なりや翠嵐・・・」と校歌斉唱、副会長25回芝崎晴男の締めの挨拶で幕を閉じた。

100回記念大会の今年は神奈川は北と南に分かれ、母校は北神奈川大会(94校)に臨む。今週の土曜日(6/9)に組合せ抽選、7月8日(日)の開幕まではや1ヵ月となった。

翠嵐野球部OB会

横浜翠嵐高校野球部のOBも600名を超える数となった。OB会の名簿では昭和10年卒業生(中学17回)より記録があり、昭和9年の第20回の全国高校野球選手権大会神奈川大会より、神二中での出場試合結果が記されている。

戦後の昭和27年第34回大会では初のベスト16になり、昭和36年の第43回大会では初のベスト8になった。その年は、高校14回の熊木正毅主将を中心に、高校15回の田中則夫投手、石井淳一捕手のバッテリーの活躍で横浜高校を2対0と倒しベスト8に進出し、次の武相高校と3対3の息詰まる熱戦を展開し延長12回にサヨナラ負けを喫しベスト4進出を逃した。当時の監督には高校11回の小川泰祐氏が采配された。

その後、昭和53年の第60回に大会ベスト16へ進出。愛甲猛擁する無敗の横浜高校(渡邊元就監督)が全国制覇した昭和55年春の市長杯では、県立高校である本校が2対1で勝利した。くじ運次第では上位進出もと思われていたその年の甲子園の夏の大会の予選、香椎瑞穂監督率いる日大藤沢に緒戦で惜敗したものの、「翠嵐、日藤に肉薄」「泣くな翠嵐」と各メディアは大きく報道した。

平成2年の第72回大会にベスト16へ、そして平成4年の第74回で2度目のベスト8に進出した。また、平成8年の第78回大会、平成9年の第79回大会と連続してベスト16に進出し、翠嵐のベスト16は近年野球部の夏の大会の目標となっている。

選手の父母会も非常に活発で、帽子やタオル、ウチワ等の応援グッズを工夫され、夏の応援席では生徒と共に激烈な応援がなされている。一方、夏のスタンドの名物であった応援部がかなり長い間結成されず今一つ寂しい思いが続いていたが、校歌祭に出演している応援部の指導で、久方ぶりに応援団が結成され、スタンドではひときわ声援が盛り上がり、野球部の選手諸君も励みになっている。

野球部OB会は20年程前に結成され、初代会長に中学17回の北陽平氏、高校2回の井上清栄氏、高校3回の宇佐美昭八氏、高校4回の菅沼正直氏、そして高校16回の杉浦武胤氏に引き継がれて現在に至っている。OB会は毎年6月の第一日曜日に総会を行い、生徒諸君への激励と共に毎年50万円以上の用具等の支援を行い、野球部の活動に支障のないよう応援を続けている。

また、平成21年より希望が丘、翠嵐、緑ヶ丘、平沼、立野の県立五校によるOB対抗戦(ツースリークラブ)が開催され、他校OBとの親睦も深めている。概ね50歳以上のOBが年一回秋にトーナメント戦を行っている。『翠嵐』の文字が入った現役時代とそっくりなユニフォームも新調し、優勝を目指している。

OB会の更なる発展の為にも仲間を誘い、いろいろな行事に参加していただきたい。